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2008年 03月 21日

中学生日記

(前回からのつづき)

数年単位で数学・算数の学力が遅れていたワタクシは中学になってついに公文式の教室に行くことを決意したのでした。Summer of thirteen. 13歳の夏です。

ワタクシの近所の公文式教室は普通の家を使った教室で、40代半ばぐらいの主婦の人が先生でした。

公文式というのは、一番はじめは

1+1=
2+1=

という問題をひたすら続け、しばらくすると、

3-2=
5-3=

みたいな問題になり、とひたすら大量の問題を解きながら、おそろしくゆるやかに階段を上っていくという、ありそうでなさそうなやり方なのですが、ワタクシの場合もごく初級のステップはさすがに免除されたものの、かなりシンプルな足し算・引き算レベルからスタートすることになりました。

ちなみに公文式というのはめいめいが勝手に自分の勉強をやるので、特に他と絡むということはありません。ただ、教室にいる大半は小学生、というかほとんど小学生しかいません・・・。中には1年生みたいな子もたくさんいるわけです。そんな中、○ン毛も生えようかという中学生が足し算・引き算をやっている…自業自得とはいえ現実とはかくも厳しいものであります。

公文式の場合、自分のように下のレベルからやり直すということもできますが、逆にレベルが上がれば小学生でも微分・積分とかをやるということも可能です。

その教室にいる数少ない同じ中学生の生徒の一人に5、6年生のときのクラスメイトがいました。彼はワタクシの「算数できるヤツ=公文式に行ってるヤツ」のイメージを作った人の一人で、学業優秀で算数も得意。小学校を卒業するとワタクシの行った公立の中学ではなく、私立の中学に行っていました。

我々はその教室で運命の再会を果たすわけですが、運命とは時にあまりにも残酷なものです。

かたや小学生の問題を必死に解いている中学生がおり、彼はというと、エロ本を隠し持っている中学生のくせに、高校のなんや見るからにワケのわからん問題を偉そうに解いているわけです。(注:主観的表現が多分に混じっていることをお許し下さい。)

齢(よわい)十三にして知る人生の厳しさでした。けれども、小学生の洟垂れ小僧どもに囲まれて勉強を続けたおかげで、中学3年になるころには昼休みにフェルマーの定理に鼻歌混じりで挑み、ニーチェが近代社会形成に与えた影響について友人たちと議論するというレベルにまで達することができ、この中学にその人ありと言われるほどの存在となり、まさに奇跡の生還といってよかろうと思います。

まあ、正確にはごく普通の成績になった、ということなのですが・・・。

羽生善治名人も通ったという公文式。今日のワタクシがあるのは公文式のおかげであります!

なので、0.01というのは純粋なる不注意による産物なのであります!誤解なきよう!
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by goofy-ride04 | 2008-03-21 20:46 | 其の他


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