2007年 07月 24日

シングルギヤ的価値観

こんにちは。

郵便受けに1千万円が入っていたので使い道をどうしようかと悩んでいる今日この頃です。

バンコク長期滞在中の友人によると、タイ人にとって自転車は「なんであんなしんどいものにわざわざ乗るの?」というものだそうです。もちろんスポーツ自転車といいますか、高級な自転車が普及していないこともその一因でしょうし、通年暑い気候もあると思いますが、それらをさしひいても娯楽というか楽しみのためにわざわざ自転車に乗るということは理解されないようです。「物好きなやっちゃな~」というカンジでしょうか。

なんだか先進国の人間の上から目線みたいで恐縮ではありますが、たとえばシングルギヤのバイクのように、より原始的なものを見直す、というのはそれなりに豊か(あくまで物質的に、ですけど)な社会でないと出来ないことなのだろうなと思います。

それに関連してのことなんですが、サッカーワールドカップの02年の日韓大会のときにカメルーン代表がキャンプ地に大分を選んだのは有名な話になりましたが、そのときのエピソードをここで紹介したいと思います。

キャンプ地となった村はさまざまな施設を選手たちのために用意したのですが、そのうちのひとつに風呂がありまして、その建物が総ヒノキの立派な建物だったんですね。かなり金をかけて作ったと。ところがカメルーンサイドからはクレームが出た。木の建物なんて貧相だから何とかしてくれと。要は木よりコンクリートのほうが良い、ということなのですね。日本側も総ヒノキというのがどれだけ贅沢なのかを熱心に説明して、結局なんとか納得してもらった(のだと記憶しています。村側の対応についての記憶はあいまいです。もしかすると改装か何かをして対応したかもしれません。)という顛末なワケです。

これが、どこでもいいのですけど例えばフランス代表なら、コンクリートの建物と木の建物があったとして、それは単純にコンクリートのほうが優れているわけではない、という考えはすんなり受け入れられるでしょう。合掌造りの古家とたとえば最新の高層ビルとの価値の比較ということですね。もちろん必ずしも合掌造りの家が優れているという話でもないわけですが。

それはつまりシングルギヤに乗るから高尚だとか、車やバイクでなくて自転車に乗るほうがイケてるとか、そういうことではないのですが、でも、自転車というある意味原始的な乗り物の良さ、というのは日本でも高度経済成長を遂げていた頃にはおそらく理解されていなかったと思います。

そういったシンプルでプリミティブな(原始的な)ものが持つ魅力が現代において人々に理解されつつあるのではないか、という気がしますし、自分も遅ればせながらそういったことを理解しつつあるように思います。
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by goofy-ride04 | 2007-07-24 23:58 | 自転車


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